一夜

 ひとしきり時間を経たあと、そこが夢の中だと知る。
 中学生らしき女の子が言う。
 「死ぬの?」
 と。
 私はその子を束の間、見つめる。女の子は目をそらさない。質問に答えようとするけれど、まったく心に浮かばない。
 教室は、狭く見えた。私と女の子以外に人はいない。机も、イスも、中学生の女の子にはピッタリなのに、私には小さく、触る気にもならない。傷の付いた床を更に、女の子はイスを引いて傷付ける。ギーギー、と音が反響する。クリーム色のカーテンが、少しだけ美しく見える。とても汚いはずなのに。
 女の子の小さな手が、イスから私の手首に移る。机と机の隙間を走る。女の子は、踊るように走る。長めのスカートの裾が、丸く広がる。蛍光灯のスイッチは入れられていないが、目の中が淡い光でチカチカと瞬く。酔ったように、頭が回る。
 いつの間にか女の子と手を繋いで、廊下に立っていた。こちらも中学生だろう男の子が、女の子を抱きしめている。女の子は動こうとせず、私から手を離さない。
 「死ぬの?」
 男の子が言う。女の子は答えない。私も答えない。
 女の子は突然手を振り払い、男の子を突き飛ばした。廊下の先へと走り去ってしまう。果てが見えない。女の子の姿は、すぐに消えてしまった。
 私が追いかけようとすると、男の子はそれを止めた。
 私よりも小さく細い男の子は、私を抱き止めた。
 「死なないでしょう?」
 私は問う。
 男の子は宥めるように、私をただ抱いた。
 「死なないでしょう?」
 呆然と、廊下の奥に問いかける。ドアでも、曲がり角でも、階段でも、何でもいいからと探すけれど、まったく見つからない。無機質な道が、延々と続いている。
 ちっとも夢に、終わりが見えない。



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