ミスミくんのはなし
チャボって、なんでこんなにかわいくないんだろう。
さっきエサをたべていたはずなのに、ぼくがとったざっ草を、まだまだたべている。目がこわい。ざっ草をひっぱる力がつよくて、ぼくはおもわず手をはなした。しいく小やのあみにひっかかった草を、チャボはそれでもたべている。おなじ小やの中にいるウサギさんが、こわくてふるえている気がする。
「ミスミくん、チャボに雑草をあげちゃダメですよ。」
ぼくがイライラして足をふみならしていると、いつのまにかかつだ先生がそばにきていた。ぼくはビックリして、すこしだけ先生からはなれた。
「…しってる。」
「うん、ならいいけど。」
かつだ先生はわらって、ぼくにまたちかよって、しゃがんだ。
かつだ先生は、ぼくのクラスのたんにんの先生だ。みんな、あんまりすきじゃない、といっていた。ぼくはべつに、そんなにきらいじゃなかったけど、しちゃダメなことをしていたから、にげたかった。
「チャボ、好きなの?」
「え?」
「雑草あげていたから、チャボ好きなのかなって。」
ぼくはいきおいよく、くびをふった。
「きらい。」
先生は目を大きくひらいて、ぼくのかおをじっと見た。チャボとぼくを、二かいくらい見てから、先生はまたぼくを見た。
「ミスミくんと一緒で、チャボも沢山食べるとお腹を壊すって、知っている?」
こんどは、ぼくはうなずいた。
「そう。」
先生はそういうと、草をつついてぼろぼろにしているチャボをじいっと見た。
「なんで、チャボが嫌いなの?」
「だって、かわいくないから。」
「ウサギは?」
「すき。」
「ミスミくんは、かわいいものが好きなんだ。」
ぼくは、うん、といおうとしたけれど、とちゅうでやめた。かわいいから赤いランドセルがほしい、といったら、おかあさんにおこられたのを、ぼくはおもいだしていた。おとうさんには、わらわれた。
でも、先生はおこらなかったし、わらいもしなかった。
「かわいいもの、先生も好きだよ。」
そういってくれた。
「先生も、すきなの。」
「うん。けど、チャボも嫌いじゃないよ。」
「なんで?」
「可愛くなくても、生きていかなきゃいけないから。」
ぼくはよくわからなくて、先生のかおを見つめた。先生はぼくのほうを見て、にこにことわらうだけだった。
「そういえば、ミスミくん、帰らなくていいの?」
気づいたら、空がすこしだけオレンジいろになりはじめていた。きれいなのに、ぼくはこわくて、ちょっとだけとびあがった。
「かえる!」
「気を付けて帰ってね。」
「うん。先生、さようなら。」
そういったら、先生はわらって手をふってくれた。ぼくもふりかえした。ぼくははしりながら、先生をふりむいて見ると、先生はまだぼくのことを見ていた。ふりかえるたびに、先生は手をふっていた。なんかいもなんかいも、くりかえして、ぼくはようやく校もんを出た。
つぎの日、学校にいくと、かつだ先生はいなかった。かわりに、見たことのない先生が、みんなのまえで、
「かつだ先生は、しばらくお休みします。」
といった。
しばらくってどのくらいのことをいうんだろう、と思ったけれど、先生はおしえてくれなかった。
ほうかご、しいく小やにいった。きのう、かつだ先生がしゃがんでいたところに、ぼくは立った。そこから見えるチャボは、やっぱり、こわくて、かわいくなかった。でも、なんだかきのうとはちがっていた。チャボの目は、たいようみたいに、まんまるだ。
おうちにかえると、おかあさんと、おなじクラスのカオリちゃんのおかあさんが、げんかんでしゃべっていた。おかえり、と二人ともわらっていってくれたけれど、へんだった。ぼくはへやに入っていくと見せかけて、かくれて二人のはなしをきいた。
「でも、先生同士でいじめって、本当かしら。」
「なんか、心配ねえ。」
「ね。でもさ、案外、いじめなんて大したことなかったんじゃないかな。」
「あら、なんで。」
「だって、かつだ先生って、ちょっと、ほら、頼りない感じだったじゃない。」
「ああ、そうね。弱い人間の被害妄想ってやつか。」
「そうそう。」
二人は、大きなこえでわらった。
ぼくはようやく、へやに入った。ぼんやりと、かつだ先生のことをおもいだしていた。きのう見たはずのわらったかおを、もうわすれていた。あのかおは、でも、やさしくて、よわい人のかおではなかった。
ぼくはよろよろと、つくえのひきだしから、たからものばこをとりだした。中にはビー玉がぎゅうぎゅうに入っていて、きらきらとすけていて、とてもかわいい。
いじめって、ぼくはよくしらないけど、しちゃいけないことだって、先生たちがいっていた。とてもつらいことなんだって、いっていた。だから、かつだ先生だって、つらかったんだとおもう。
ぼくははこいっぱいのビー玉から、いちばんすきなやつを、おやゆびとひとさしゆびでつまんだ。それを、まどのちかくまでもっていった。空にむけて、ぼくはビー玉をもちあげた。ビー玉は、きのうとおなじオレンジいろの夕日をすかして、ひかった。
このビー玉をかつだ先生にあげればよかった、なんとなく、ぼくはそうおもった。
BACK