卵
僕らは子供だと言われた。だから、子供だと胸張った。そうしたら、今度は大人だろうと説教された。
どっちなんだい?結局。相当、矛盾してるよ。あんた。
僕は、最近高校生になった。小学生のときはすんごい大人ー、とか思ってたけど、実際なってみると全然普通だ。周りからはまだ子供扱いのままだ。
ところが、都合のいいときだけは大人扱いだ。
自立心が大切です、ってあんたら。なんだ、その偉そうな口を聞きやがって!
イライラする。当然、僕はクラスの中から外れた。仲間とか、友達とか、そんなんどうでもいいし。ていうか、そうやって群れてて、みんな楽しいわけ?そんなウワベだけの付き合いを、何楽しんでるわけ?
そんなこと言ってたら、僕は今日、担任の先生に呼び出しをくらった。当たり前と言えばそうなんだが。
僕、なんか悪いことしたか?
僕は指導室のドアをノックして、返事がくる前に入っていった。
そこには、男の先生と女の先生。
いや、別にやらしいことしてたわけじゃないけど、なんとなくそう言ってみただけだよ。
でも、女の先生は照れてた。そういうことか、って思うじゃん?
男のほうは平然としてた。何をきどってんだよ。ムカツクやつだなぁ。そりゃあね。まだ、若いし、頭も良い(らしい)し、モテルのはしょうがないと思うけどね。生徒としては、学校内で先生同士が恋愛関係って、どうかと。からかいがいはあるけどさぁ。
そんなことを、数秒間頭の中で考えていたら、女の先生はそそくさと教室を退散した。まあ、それが賢明だったと思うよ、先生。
これでわかったことと思うが、僕の担任はこの若造なのであるよ。25、6歳で今年になって初めて自分のクラスを受け持つとか入学式の次の日あたりに言ってた。僕のクラスの女子にもモテモテだ。そして、もういいだろう、というほど年老いた婆教師陣にまでもモテモテだ。うーん、ご愁傷様。
僕は担任の目の前の席に座った。指導室には僕たち2人ですから。他の席に行ったら、そりゃあね。そこまで僕は性格悪くはないのだ。担任は、かなりのスピードでコーヒーを入れ(と言っても、インスタントだからね。早いに決まっている。)僕に手渡した。どうも、とお礼を言って飲み始めた。担任も飲んでいる。
待て待て、話があったんじゃないのか?こうやって黙ってりゃ、僕から話すとでも思ってんのか?よく先生が使う手だな。もう、慣れちゃったよ。
僕は早く帰りたいし、こんな担任の前に何時間もいたくないし。かといって、自分から話すのもはめられた気がして気分が悪い。これだから、先生ってやつは嫌なんだよ。
重い溜め息をついていたら、やっと担任が話しかけてきた。意外とあっさり話しかけてきたもんだ。ビックリ。とにかく、これですぐ終わるな。よしよし。帰ってテレビでも見て早く寝よう、っと。
担任は普通に先生らしいことを言ってきた。
なんで、友達を作らないんだ、と。
耳たこだよ、先生。中学生のときからそう言われてきたから、いい加減、もっと違う言い回しはないものか。友達作らないのがそんなに悪いことなのかい。
寂しくないのか、とか聞かれても困るんだけど。別段、僕は困ってるわけないし。友達に勉強のこと聞くほど馬鹿じゃないし。どうよ、先生。
友達の役割って何なわけ?
いろいろ、まあ説明も面倒臭いので僕は簡潔に、友達はウザイのです、と言っておいた。これほど簡単に言えるなんて、まあ僕は成長したものだ。嘘です、そんなことないです。
と、いきなり担任は笑った。かなりの笑いっぷりだ。こんな馬鹿笑いしてる人、初めて見た。
「おっ前は、潔癖症なんだなー。卵だな、卵」
…はぁ?
潔癖症って。あの、不潔なことを嫌う、という潔癖症ですか?僕がぁ?ふざけてんのか、この担任は。しかも、卵って。こういうときは、ひよっこ、とか言うのが正しいんじゃないのか?それで、国語の先生かよ、おい。
「男子はまだまだ成長途中段階だからなー。まあ、しょうがないか。でも、めっずらしいなー。男子で潔癖症ってのは。女子はよくなるらしいけどなー」
僕を何だと、思ってるんだ。成長途中段階!?僕はもう、成長しきってるっつの!
「いやー、ここまで潔癖だとどうしようもないね。綺麗な卵ちゃんだこと」
担任は、まだひゃはははと笑っている。
こりゃ、もう僕はキレタ。こういうとき、キレタという表現はオカシイのですが現代っ子のことなので、キレタと表現しておく。
「僕は潔癖症なんかじゃありません!」
がたん、っと椅子をひいて、僕は指導室から出ていこうとした。担任は笑うのを止めた。というより、こらえている。確実に涙目だしな。
「まあ、待て待て。そうやって、すぐ怒るのはよくないぞー。お前は、俺に似てるなー」
「絶対似てません」
「そういうとこ、そっくり」
「絶対絶対似てません」
「俺もお前みたいなときあったからねー。懐かしい話だ」
「あんた、まだ20代じゃん」
「もう、20代だよ。16はかなり昔だよ。とりあえず、先生に向かってあんた、ってのやめなさい」
「ハイハイ、先生」
「ははは。まあ、いいか、まだそのままで」
「じゃあ、もう行っていいですか?」
「しょうがないなー、お前みたいなのに俺は弱いのよ。1つだけ言っとくか」
「何ですか」
「卵はねー、割れなきゃ出てこれないわけ、そん中から。お前はヒビ1つない卵だな。まだまだひよっこにもほど遠いね。それだけはわかってな」
「たまご…」
「そうそう、卵。卵にヒビがいっぱい入れば、いつかは割れる。そして立てる。自分の足で立たなきゃいかん。自分の足で立てば傷もつく。だけど、卵のままだったら?ヒビも入らなければ?どうだと思う、お前」
「さあ…卵のままだね」
「卵のままね。お前は卵のままでいたい?」
「…知らない。だって、卵のままでも生きられる」
「そうだな。そういう社会だからね、今は。まあ、お前次第だけどね」
「ふーん…」
「はっはー。ちょっと感動した?」
こんなときにおちゃらけやがって。
「いや。先生って結構文学少女みたいなこと言うんだね」
「少女っつうな、少女って。俺は国語教師だ。たまにはこういうことも言う」
「じゃ、帰ります」
「おう、気をつけて帰れよ」
「さようなら」
指導室のドアを開けた。みんな、もう下校しただろう。
同じクラスのやつらは、傷をつけているのだろうか。ヒビを作っているのだろうか。殻を割っているやつはいるんだろうか。
ボーっと考えた。
誰も卵から出ようとするやつはいない。きっと。
温室育ちの卵たち。これからも、ぬくぬくと育てられるんだろう。それから、食べられてしまうんだろう。
なんて、馬鹿なやつら。
それにも気付かないで生きていくんだろう。卵のまま、社会に潰されて。
大人でも子供でもないのは、卵の中だからか?僕がどういう姿をしているかわからないからか?
この卵から出てきたら、どんな鳥が出てくるのか?
卵から出なくちゃ、何にも触れられない。何も感じない。何も知らない。
ヒビでも作ってみるか。そうすれば、ひよこでも出てくるんじゃなかろうか。ひよこでも、にわとりでも、何でもいいし。出て行けば人の体温を感じるんだろう。
とりあえず、僕は廊下を歩き出した。
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