保留死体

 「こりゃ、自殺に間違いないですね」
黒服の若い男が言った。
「まったく、こんなところで死なれちゃ、迷惑せんまんだな」
恰幅のいい中年の男が言った。
 私はこの男たちのことをよく知らない。黒服の若い男は、廊下で一度きり見たことがある。中年の男は、食堂の額縁でしか見たことがない。
 「それを言うなら、迷惑せんばんですよ、おじさん」
「ははっ、そうかそうか」
死体を前にしながら、二人はニヤニヤと笑った。中年の男は、煙草まで取り出し、火をつけた。
 古い石造りの建物の裏に立つ大きな木の下に、死体はあった。木にもたれかかり、両手両足を投げ出した格好で、固まっていた。白い服を着たそれは、ただの人形のように見える。
 朝が早いというせいもあってか、太陽の光はここまで届かないらしい。
 「しかし、どこからこんなに薬を手に入れてきたのか。ちゃんと薬の管理をしているのか、おまえ」
中年の男は、死体の右手に乗せられていた赤褐色の瓶を奪い、若い男に聞いた。
「あはは、おじさんがそれを聞くんですか。死んでもいいって、おじさんが言ってたくせに」
若い男は、片端の口角だけを上げ、中年の男を見下げた。若い男は、中年の男よりも二十センチは背が高い。中年の男は、ちょっとだけ眉をしかめたが、すぐに、にたっと笑った。そして、若い男と目を合わせた。
「とにかく厄介なことは避けたいからな。地下室にでもぶちこんでおけ」
「はいはい、了解しました」
中年の男は死体を見ていたくないのか、薬の瓶だけはしっかりとポケットにしまい、さっさとその場を立ち去ってしまった。
 若い男はしゃがみこみ、死体の顔を覗き込んだ。
「…おじさんも、きみも、この世は本当に、馬鹿ばかりだね」
そう言って、死体を担ぎ、のしのしと地下室へと向かった。あの、明かりがなく、ただ腐臭のみがあるという地下室へ。
「遺書がなければよいけれど…、」
若い男はぶつくさとぼやいた。
 だが、私はもう知ることはできない、地下室が真暗闇だということを。私は二度と、目を見開くことはないのだから。



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