ラヴ イン ザ フューチャー

 はじめて恋をしたときを思い出すのは、先週の空の色を思い出すくらい、おぼろげなものだと思う。それを彼は、どうも聞き出したいらしい。
 「いやあ、普通覚えてないっしょ。」
 彼女はこともなげに言う。その答えに、彼の顔はどうも不満そうだ。
 「そんなもんかなあ。」
「だいたい、あの子格好よかったなあ、とかそんなもんでしょう。ちゃんと覚えてんの?」
「うん。覚えてる。」
 彼ははっきりと頷く。
 彼の初恋は、幼稚園に通っていた頃だと言う。背の順で並んだときいつも隣になって、手を繋いで歩いていた女の子だそうだ。彼はその子のことが好きすぎて、ついついいじめてしまう、というよくある典型的な展開で、女の子が手を繋ぐどころか、近付くだけで泣くようになってしまって、初恋はあっけなく終了。
 彼の目が遠くを見つめるので、彼女はため息をつく。
 「その子の名前、覚えてる?」
「まりちゃん。」
「まりちゃんねえ。まりちゃんの、何が好きだったの?」
「何、って。何とかじゃないよ。可愛かったし、いろいろ。」
「ほら、そんなもんじゃん。」
「そんなもんじゃないもん。」
 ないもん、とか言われても仕方ない。
 彼女は、そんな可愛らしい恋のことは思い出せない。深く息をついて、記憶を辿ってみようとして、とぐろを巻いたように絡み付いてくる余計な人間関係まで浮かび上がってきて、急いで中断する。彼女は可愛らしい恋もしたはずだけれど、それだけで終わらないことの方が多かった。
 「初恋は一回しかないなんて、つまんないねえ。」
 彼女はなんとなく口にする。
 「いやいや、何回もあったら、つまんないよ。」
 彼は真面目に言う。
 彼女は彼の方を見て、呆れたような、尊敬するような、変な気持ちになって、笑う。彼女にとってもまだ、恋は甘酸っぱいものなのだ。



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