腹の底から

 幸せは、伝えきれなかった。

 一、
 「ねぇ、ちょっと」
私が、何度問いかけても、答えてくれない彼。
 私は不機嫌だった。
「もう…」
今日は何の日だか、さっぱり忘れてるんだ。絶対そうだ。なんなのよ、まったく。私はちゃーんと覚えてる、っていうのに。
 でかい溜め息をついてしまった。
 「何かあったのか?お前」
やっと、返事を返してくれたけど、その答えは私が望んでたものとは違った。
「なーんでもない」
「あっそ」
 あっそ、で済まされちゃう私。なんか、自分で思うのもなんだけど、可哀相。悲しいなあ。
 本当に、何で私は、ここにいるんだろう。
 最近、疲れ気味で肌荒れはひどいし、やる気も全然起きないし。彼は、こうやって構ってくれないし。
 私って、幸せ?
 ねぇ、ちょっと。
 今日は私の誕生日よ?

 二、
 「ねえねえねえねえ!!」
私は、大声で彼女を呼び止めた。
「なーに?うるっさいなあ」
彼女は本当に、迷惑そうに、私の前方二メートル先から返事をした。眉間に何本も皺が寄っている…。そんな顔で振り向かなくても。
 「ほらほらほら!!飛行機雲ー!!見て見て見て!!!」
 彼女は、ちらりとだけ、その空を見て、私の方に目を向けた。
 少し、呆れた顔。そして、苦笑い。
 「あんたは幸せそうでいいね」
彼女の目が優しかった。嬉しかった。
 けど、私が幸せ?
 ただ、飛行機雲に感動して、喜んで。彼女に見てほしくて、騒いで。
 だから、幸せそう?
 私って、本当に幸せ?

 三、
 「おい」
「あんだよ」
俺らは、滅茶苦茶真剣に、腕相撲をしていた。
 賭けていたのは、たかが百円の紙パックジュース。
 「早く負けろよ」
「嫌だね。おめぇが早く倒れろ」
 ぶるぶる震える腕。ここまできたら、負けるわけにはいかない。例え百円だとしても、こいつに譲るわけにはいかねぇ。
 チャイムが鳴る。
 「がー!!勝負つかねぇじゃねぇかよ!!」
「あー、もう終わり終わり。手、離せ、ばーか」
「馬鹿ってなんだよ。おめぇのがばーか」
 くだらないやりとり。くだらない会話。
 平和だねぇ。呑気すぎるほど、平和。こいつと馬鹿騒ぎしてるほど、平和だと思うことはないよ。
 平和主義。平和主義。
 たかが百円と言える俺らは、本当に幸せなんだと思う。

 四、
 「……………」
 学校はクソつまらなかった。だから、辞めてやった。
 特にやりたいことがあったわけじゃなかった。だけど、学校にいても、それはかわりがなくて。学校にいればいるほど、何かに囚われて、何かに縛られて、自分が終わっていく気がした。
 明日なんて、なくても一緒だ。
 携帯が、軽快で楽しそうな着信メロディを奏でる。
 やめようかな、この着メロ。
 毎日、メールは何通も来る。電話もかかってくる。内容は、たったの五分で終わること。それなのに、だらだらだらだらして。くだらないことばっか。一時間も喋って。
 薄っぺらい。人間なんて。人間関係なんて。
 鋏で切れちゃうんじゃないの?素手で破り捨てられるんじゃないの?
 この指で引き千切ってやろうか?
 言うだけ言って、何もできない、自分。愚かで、情けなくて。ダサくて。自分が一番つまらない。自分が一番、クソつまらない。
 幸せなんて、どこにあんの?
 楽しいことなんて、この世にあんの?

 五、
 「幸せだねぇー」
「ねぇー」
窓際の席に座って、私たちはのんびりしていた。
 先生が風邪で休みとかで、この時間は自習になった。
 「今日も空が青いねぇー」
「暑いねぇー」
 そろそろ夏も終わる。今年も残暑は厳しかったけど、私はこの暑さが好き。このとろけそうな、秋の始まる匂い。
 「明日も晴れるかねぇー」
「降水率五十%だねぇー」
「二分の一の確立かー。賭ける?私、晴れね」
「私、雨ー!?別にいいけど」
 晴れが好き。明るい空が好き。
 空がある、この世界に感謝する。
 「でも、晴れるといいよねぇー」
「そだね。晴れるといいねぇー」
「晴れると幸せだもんねぇー」
「うん。私、幸せ」



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